●ヘイゼル・ミリルドルフ

本作主人公。人間の父と、猫人の母との間に生まれた異族の少女。一巻の物語開始時における年齢は十五歳。予言により来るべき災厄から独逸を救う『救世者』となると目されているが、本人にはその自覚は無い。 川上氏のデビュー作である『パンツァーポリス1935』に登場したオスカー・ミリルドリフ少将の娘であり、同作において主人公ヴァルター達と激戦を繰り広げたマイアー・シュリアーの教え子。

母親が異族であったため、独逸で吹き荒れる異民族弾圧の対象となった彼女は、連行される際、同じく異族の友人を庇い、右目を失明した。その後、送られた先の収容所で発熱した彼女は一時的に病院に送られ、そこで失った右目に義眼を移植される。そして、そのことが、彼女の長い永い旅の切っ掛けとなるのだった。その義眼の名は“救世者(メサイア)” ―― 数ヶ月前に密かに開発され、そして行方不明となっていた超国家機密級の強臓式義眼であった。

独逸を救う『救世者』の出現を謳う予言――その予言と機を同じくして作られた義眼“救世者”の移植適合資格者となったことから、極秘国防機関であるG機関に追われることになった彼女は、マイヤーの手引きにより一人の逃がし屋の元を訪れる。「世界で二番目」が口癖のその男――ダウゲ・ベルガーとの出会いが彼女にもたらすものとは、果たして――。

物語の開始時においては、十五歳という年齢相応に、周囲の思惑に翻弄され続ける無力な少女だったが、徐々に歳月を重ねるごとに、人間として、そしてベルガーのことを思い続ける一人の女性として、大きく成長していく。『逃げたくない』、『何かをしたい』――その想いは、やがて独逸を、そして世界の歴史そのものを大きく変える可能性を持つに至る。多くの出会いと別れ、そして逡巡の果てに、彼女が下した決断によって何が変わり、何が変わらなかったのか――その結末と始まりは本作の最後にて語られることになる。それは、ある『救世者』の物語。不安が漂う国に現れ、人と竜の力を束ねて戦った、ある女と男達の、壁を越えるための物語――。

現時点における都市シリーズの総決算(いずれは長編版の『TOKYO』もそう呼ばれると期待)と呼ぶべき本作品の主人公兼ヒロインとあって、後の『終わりのクロニクル』や『境界線上のホライゾン』にも、多くの“血筋”を残すことになるキャラクター〈年代的には彼女が『子孫』になりますが)。金髪でお嬢様口調のキャラ――ついでによく脱ぐ――が出てきたら、まずは彼女の存在と影響を探ってみるべきかと。また、氏の作品において重要なテーマとなる“ズレを含んだ繰り返し”を見事に体現した存在であり、その意味でも氏の作品群を語る上で欠かすことの出来ない人物ではないでしょうか。裸に始まり裸に終わる(乳首券発行あり)、という鉄の掟を守ったのが何よりの証拠ですよねぇ。

 

「でも、私、ベルガーさんが思ってるほどバカじゃないですよ」

 

 ●ダウゲ・ベルガー

『架空都市 倫敦(エアリアルシティ ロンドン)』出身の青年。母親は人間の娼婦。父親は不明とされている。 “野犬”の字名を持つ高名な逃がし屋であり、依頼によって様々な諜報活動(及びそれに付随する破壊工作)を行う重騎師でもある。普段の一人称は“俺”。黒い服装とサングラスを好んで着ており、特に黒服は着ていないと、その方が「不気味だ」と評されるほど愛着している。彼なりのポリシーの表れなのだろうが、それが何に由来しているかを知る人間はごく少数である。彼の扱う強臓式武剣“運命(ゲレーゲンハイト)”もまた漆黒の刃を持つが、これは単なる偶然の符合なのだろうか。

なお、強臓式(アインゲヴァイデ)とは、簡単に言えば、武具に人間の肉体の一部を溶け込ませ、それによって持ち主の意思に反応し特殊な力を発揮させる技術である。そして彼の持つ“運命”は、その名の通り、様々な事象を“運命”として捉えることで、襲い掛かる危険性を『切り開く』が出来る。エネルギーの消費量は多いが、出力次第では長大な射程と威力を発揮出来る非常に優れた剣である。強臓式開発術の産物である以上は、彼の使う“運命”もまた、人体のどこかを一部に造られているはずだが、少なくともベルガーの身体に欠損は見られない。だとすれば、この“運命”は、何を持ち寄って造られたのか。その答えは、彼自身が封じた過去と出自に関係しているのだが……。

普段は冗談を好んで口にする優男だが、時には非情とさえ呼べる態度で相手に接することがあり、その落差は周囲の人間を絶句させるほどである。特にヘイゼルに対しては一貫して突き放す態度を崩さず、決して自分から距離を縮めようとはしない。逃がし屋としてヘイゼルの身を守りつつも、彼女が感じる不安や逡巡に対しては一切フォローはせず、どころか彼女を追い詰めるような問いかけを平然と行って恥じることがない。果たして、この人物の真意はどこにあるだろうか。付かず離れず、そして見捨てることも甘やかすこともない、まさしく彼女にとっては“運命”の如き男である。

反独隊総司令官であるM・シュリアーの大学時代の後輩であり、若くして反独軍の統率者となった彼を今でも“先輩”と呼んで慕っている。ベルガー本人にとって“先輩”の存在はかなり大きいらしく、その依頼に対しては損得抜きで引き受けているフシがあるが、そのためにG機関からは危険人物として徹底的にマークされることになる。そのG機関には、かつて青春を共に過ごした同窓生が少なからず在籍している。ヘラード・シュバイツァー、アルフレート・マルドリック、そしてマルシュ・ガント――かつて、一人の女性を中心にして集まっていた仲間達との決別と再会は、彼に何をもたらすのだろうか?

全編を通して、ヒロイン兼主人公であるヘイゼルを困らせ続ける超ド級のツンデレ男。見て嗅いで舐めまくってと、まさしく犬のような所業を繰り広げる憎いコンチクショウですが、果たして誰の影響を受けたんでしょうか? 『終わクロ』や『ホライゾン』にそっっっくりな人達が出てきますが、全員、金髪女性の尻に敷かれているあたり、もはや“運命”というよりは宿命と呼ぶべき業を感じさせる罪深き“後輩ども”の一人 。氏の第二作目である『エアリアルシティ』を読んだ人には、ひょっとしてアレがアレなのかと思わせる経歴の持ち主ですが真実はどこまでも藪の中。まさしく“神のみぞ知る”って奴なんでしょうなぁ。


「二度は言わない、忘れるな」

 

 ●≪疾風(シルフィード)≫

状況に応じて自身を進化させる自律型航空戦艦。かつて“機甲神鉄槌事件”を引き起こし全世界を震撼させた超常識飛行戦闘艦“皇城(カイザーブルグ)”を参考に天才技術者マルシュ・ガントが製作した強臓式航空戦艦であり、試作品ながらその性能はモデルである“皇城”をも上回るとされる(なお、この“皇城”とその製作者達が引き起こした大事件が語られている舞台こそが、川上氏のデビュー作である『パンツァーポリス1935』である)。本来、“疾風”とは千年前に独逸の地を救ったとされる“救世者”に付き従った竜の名であり、この航空戦艦もまた、現代に現れると予言された新たな“救世者”のために作られた救世者専用の戦闘機と言えるだろう。

“皇城”がそうであったように、戦闘を通して形態を進化させる力を持ち、最終的には宇宙にまで飛び出すほどの潜在能力と本能を秘めているとされるが、現在は製作者であるマルシュ・ガントと共に行方をくらませており、その捕獲には本来の持ち主であるG機関はもちろん、彼らと対立関係にある独逸軍も血眼になっているとされる。かつて“救世者”と共に独逸の地を救った竜と同じ名を持つこの戦艦が、その存在ゆえに世界大戦に向かって突き進む独逸という国を揺るがしかねない現状は、大いなる皮肉である。

本作で幾度も語られる伝説の謎を読み解く上で、非常に重要なキーアイテムの一つであり、若きヘイゼルにとっても大きな影響を与えることになる“忘れ得ぬ起点”。果たして、この鋼鉄の竜がその背に乗せるのは、今代でも“救世者”足りえるのだろうか?

 

≪疾風とは救世者を護る風のこと≫